昭和40年07月17日 朝の御理解



 神様の願いが、私共の上に思いをかけてくださる、ご計画というか、そのご計画が一つ一つ計画通りに成就していくと、そこに神様のお喜びがあり、神様のお楽しみがあり、そこに氏子が、おかげを受けてくれて有難しという、神様ご自身がおかげを受けられる。私共はそれこそ夢にも思わなかったようなおかげを頂いて、有難しというお陰になってくる。ね。神様の願いが、私共の上にですよ、人間氏子の上に。
 神様の願いが、ご計画が、一人ひとりの氏子の上に、ああいうおかげもやろう、こういうふうにしてやろうという、神様のご計画がある。その、ご計画が一つひとつ成就していく。それほど神様のお喜びは無かろう、神様のいわばまた、お楽しみはなかろうと。例えば、ここに人間がですよ、計画立てて、その計画が一つひとつ、計画通りになって行くことの、楽しいようなものじゃないだろうかと。
 こう、神様のご計画が一人ひとりの氏子の上にあるのです。そのご計画が果たされるということ。そこに信心があるのです。その神様のご計画がです、成就されることのための、どういうような、私どもが状態にならしてもらおうかと、おかげを頂かせてもろうたら、そういうようなおかげがいただけるか、神様に楽しんでもらえる、喜んでもらえるようなおかげが頂けるかというとです。
 また私共人間氏子としては、夢にも思わなかった様なおかげを頂いて有難しと言う様な事になって来るかというとです、それにはひとつの何といいましょうか、三つの要素があるようである。三大要素というのがある。その要素を私共が自分のものにしなければいけない。そういうおかげの頂けれる要素、皆さんはどう思われますか。ね、もうここにこうして御神意を頂いたというときに、から始まるんですそれは。
 昨日一昨日だったですか、中野さんがこちらに修行に参りましてから、二日目の朝お夢を頂いておる。日田の(そえ?)さんの奥さんの弟なんです。いわゆる日田の中野という酒屋さんの、いわゆる一人息子なんです。あとは娘ばかりです。何人も兄妹があられますけど。当然だから中野の家を継ぐべくして、いるので御座いますけれどもです。様々な事情があってそれが出けてなかった。
 こちらに参りまして翌々日の朝御夢頂いたのがです。それをそのそむけてからお届けをしそこなっていた。それを昨日でしたかお届けされるのに、それはもうもの凄い大地震があっておるところです。そのためにその中野の家はぺしゃんこにつぶれて、それで二階に自分はおった。当然自分もつぶれてしまって「ああこれでもう、お仕舞だ」と、いうところで目が覚めた。
 地震ということは、いわば大地が動く揺れ動く、わけなんですね天地が。そこにその中野の家がおしまいであり、中野克樹、その人ももうお仕舞になったとこういう事である。ようはもう中野の酒屋はしまえたちいう訳。中野克樹もしまえたちいうこと。そしてここに御神意をいただいて、本気で修行さしてもらい、これから、生まれ変わったと思うて信心の道を体得したい、本気で体得したいというので、ここに修行に来た。
 そこからなんですそこから。御神意を頂いておかげを頂いたというそこからなんです。そこから天地の親神様の中野克樹なら、中野克樹という氏子の上にです、神様のご計画通りに、例えばことが進んでいくことになったら、どんなにか神様が楽しみであろう、喜こびであろう、また中野克樹その人はようもようも中野酒店が潰れて良かった、自分というものが無くなっていて良かった、新しい中野克樹が生まれてきて、こういうおかげになってきたという事になって来るのですよ。ここから。
 ところがそこからお互いが自分、いい加減な事をする事によってです、神の願いも氏子の願いも本当のおかげにならずに、ただお取次ぎ頂いてお願いをして、おかげを頂いたり頂かなかったりで、しだごだでしたようにゃならんといった様な信心では、相すまんつまらんのですよ。そうでしょうが。私共の私なら私でも同じこと。何十年間という信心がそういう信心だったけど終戦といい、引き上げといい次々と、難儀な事が受けよる、椛目の大坪酒店というのが、潰れたという事が盛んにです。
 私のいわば、本当の信心への、一つの糸口と言った様なものが、そこから生まれて来た様なものなんです。昨日あるご信者さんがお参りして来ました。二人子供がある嫁さんなんです、二人子供を連れてからお参りしておる。おかしいなもう夕方なんです、ですよね、あの私は表におったんですよ、ですからそしたら大体ならこちらの久留米からの方から来るバスに乗ってこんならんとに、吉井のほうから来るバスから、親子三人で降りて来るわけなんですよ。
 「あら、あんた達は今日なにごっじゃった」と私が聞いた」。「それが」というてから、まここに来て色々お届けさせて頂くのにです、「もう里のほうに帰って五、六日になります」とこういうわけです。出て来とるわけです。ところがその、昨日テレビを見よったぎなが、もうこの頃からそのお父さん共とみな一緒に、海水浴に行っとる。そん時のなんかが、ニュースかなんかでですね(笑い)
 とにかくお父ちゃんがめっかったげな、テレビでそれでもう、矢も立てもたまらんごつ子供達が「うちに帰ろう、うちに帰ろう」と言い出した訳なんです。それで私はそんな訳で出て来とりますけれども、とにかく子供二人のために、もう一つ辛抱させて頂きましょうと、だから、帰ろうと思いますというてから来たんです。そして、この、お届けさして頂くのにです。
 自分の周囲の人達が、出て行かねばならないように、周囲が悪いという訳なんです。自分なこんなに辛抱しているのだけれども、もう出ていかにゃならん様に仕向ける。商売がちょっと不振だと、一番初め椛目の先生にお伺いしたときに「お前と一緒になっちゃならん」ち「あげんはっきり言われたつば、俺がお前と一緒になったきんで、こげん、商売が繁盛せんとじゃき」ち、言うて言いよっとじゃけん。
 もうこれを言われたなら私は、家にそこにおられないと、こいうわけなんです。終いまでここでまあ色々、本人の話を三十分ほど聞かせてもらった。それでまあ「本当じゃんね、それは二人の子供のために、ま帰らじゃ出けめ」と、こう私が言うだろうと向こうも思うとった。皆さんならどげん思うね。「もう帰ろう」ち言うて帰ってきとる。このまま行こうと思うている。ああ「やっぱ帰るがほんなこつ」と、こう思うですもんね、大体が。ところが神様は「帰やすな」と、仰るですもん。
 「帰ろうごたろばってん、帰んなさんな」ち、ね、先生がお願いしとく。自動車で迎えに来るごとお願いしとくけんで、まあ一遍田舎のほうへ帰れと言うて、私はいわゆる反対のほうへ、また親子三人のものを帰やした。はあ何故ほんなら返したか、意味分かりますか。そう言う様な結果になる事がです、皆んなしゅうと側が悪いのであり、主人が悪いのであり、自分の周囲のこの店員さんどんが悪いのである。
 自分ないっちょん悪なかっちゃき、これで例えば、子供のために、思うてから辛抱して帰ったところでです、この子は幸せにならんと私は思うとる。考えてみれば考えてみるほどです、主人が言う筈でございます。両親がいわっしゃる筈でございますと。私が悪うございましたというなら、私はさそういう気持ちですぐ帰れというたに違いないです。ね、ただ二心のために帰るとこういうんだから、そげなこつならばいわば、「帰るな」と私は言うんです。里に帰りなさいと。ね、
 信心の、今日私が申します本当の神様のご計画が、神様の願いが私共の上に一つひとつその計画がなって行く、私共の上に思いが成って行く、成就していくということのです、一つの要素として、大事な大事な要素として、ね、三つの要素の一つとしてです。先ず私自身が一番悪かったと気付かな駄目なんです。そこんところを甘木の安武先生は、「我よしと思う心は、仇として、夜毎夜毎にたたかいて行け」と、仰っておる。
 ああいう体得を受けられた先生でもです、いつも自分自身が一番悪いのだと、もう自分の心の中に自分が良いというような心がもし起こったなら「それは仇のごと思うて、敵のごと思うてそれが、取り組んで戦っていけ」と、こう言われておる「ね」ですから、私が帰すわけいかんでしょう。一週間も出てきて、なんとも言うてこんもんじゃから。自分は、痺れを切らして二人の子供んために「ただ帰る」と。
 それは主人があれ、あちらの親もこげな風で冷たく当たられるけれども、とにかく二人の子供のために辛抱して帰る。いかにも良かろうごたるばってん、そげなことではまたそれを繰り返すだけでしょう。その嫁さんが自分から悪かったと気付かなければ、私は自分で改善しきらんけれども、またここへ来た時には、私はまたそれを繰り返して言おうと思いよる。われよしという心をです。
 仇のように思い出る心というものがです、してこんなことも言うとる。大体「ああ」、「私はそのどこか悪かとこのあるでしょうか」と、こういうとる「さあな」、昨日じゃった、(ふるしょう?)の高芝さん方ん奥さんが、朝参り毎朝参ってきてから、こげな事をいいんさったばいち言うてからその、お届けされる内容を私は話しとる。ほんとに先生、私はもう誰はばかることなし言いよる事は、「自分な善人だといつも思うとります」とこういう。「思うとった」ち。
 「自分なよか人間だ」ち、また、本当誰に聞いてもよか人間ですもん。高芝さんな。奥さん日ごろから、段々信心ば先生分からして頂くようにならして頂いたら、まったく私が悪かったということに最近気づかせて頂いて、そこを掘り下げさして頂いておりますというお届けが、昨日の朝あったから、その話を私がするのです。知っとってでしょうもん高芝さんとこの奥さん。「よか人でしょうが」ち、もうそのよか人がです。
 やっぱり、「底意地の悪かった」ちいいござるよち、教えを頂かせて頂いたら、どこぞ自分が悪いか、自分が一番つまらんのであり、自分が一番言うならば、大悪人であることを、分からしてもらう。しんない正神様じゃないけれど。ま、そこに気が付いたかどうか知らんけれど、そんなことを私は付け加えた。ね。昨夜の御祈念にかからして頂くちょっと前でした、長女が親教会にお礼にでらせて頂いてから、長男の勝彦が姉ちゃんこれ、お父さんに上げてくれち言うて、手紙を私に託けた。
 もう、朝の御祈念早いですから、御祈念が始まり、その、御祈念を頂いて、御祈念に入らしてもらおうと思うて、御祈念をした、どうも、普通と様子が少しちごうとった。どげな手紙を私に書いたじゃろうかと思うてから、御祈念中に開けてみた。「ところがお父さん、もう、ギリギリ僕も善導寺の修行さしてもらうということは、もう、頂点に来た」と書いてある。明日の、今日ですたいね。
 「17日の月次祭を境に、ぼくは帰らせて頂こうと思うが、お父さんどんなもんでしょうか」ということが相談してある。最近私がとっても、ほんとに私なら私共の考え方ならです、もう修行はやっぱり出来まいということが次々重なっておる。ほんとから言ったら、もう「そんなら帰って来い」と例えば言いたい様な事である。ところがです御祈念が終わったら、姉ちゃんさっきからの手紙はと聞きます。
 「やっぱりお父さんにその見てもらわんがよか」と、さっきの手紙をもいっちょう返せというてその、まだ勝彦は知らんわけです、見とるかどうかまだ。お父さんに見せちゃならんと思うたから、またそれを取り戻したち。「ああ、おかげ頂いた」ち、私は思うたんです。まあひと頑張り頑張ろうと思うたんでしょう、きっと。そしたらね、私御神願に頂きますことが、つるしのぶというのがありましょうが。
 今頃はもうあの、ね、あれはシダの一種です。まるうく盆栽にしてある。そしてその縁先かなんかに吊って、夏のとてもいい盆栽なんですね。もうしのぶの葉がいっぱい出てから、まるうくそれを作ってあるです。何時か私はあの田主丸のむつやさんところから、十二時半やったか頂いておった、そしてここに下げておった。あれはつりしのぶという、しのぶという。ね、それがです、こうまだ一本も出てないわけなんです。
 その中の地肌が見えているわけなんです。まだなかの泥がこうやって桂の、ね、所々そのしのぶが出ているわけなんです。その一本のしのぶがつっとこう、長く出てからそれがあの、丁度あのワラビのしだですたいね、ほんとのあのシダが一本こう、特に見えるところを御神眼に頂いたから「ああ、信心なここが一番大事なとこだなあ」と私は昨日感じた。私はここに、三代金光様の御教えをここに書いて貼っとる。
 「神信心には、辛抱することが一番大切でございます」とこう仰る。神信心にはね、辛抱するということが一番大切でございますと仰る。一番大切であると、金光様はおっしゃっておられる。いわば、ご自身がです、泣く泣く辛抱しいしいにと言うて、いわば、ご自身が、泣く泣く辛抱し抜かれたんです。一週間お参りしようと思っておったが、丁度一週間あまやらずだったけんで、ご無礼した。
 今日は一丁これだけはと思って辛抱しぬこうと思いよったけれども、やっぱり暑かったけんで、きつかったけんでち、いうてから辛抱せん。その位のことでは、おかげは受けられませんよ。こと神様、こと信心ということになったら。ね、そのために様々なやっぱり工夫をせねばいけません。例えて言うならば、勇さんあたりが、朝の御祈念に必ずお参りされる。先生のお出まし前におかげを頂くとこういう。
 こう決めなさった。万が一でけ無いときには、私がその日一日断食して、そしてそのお米をお供えさしていただきます。だから時々ここに少しばかりのお米を、お初穂と一緒にお供えしてあるのは、あん時朝遅れられたときです。だからそのそのひとつのそういう意味合いでの工夫がいるです。その辛抱をし抜けなかった時には。そげな風にいい加減なことにしたんでは、おかげはやっぱりいい加減なことにしかなりはしません。
 私はその( ? )において、神願に頂いたら、そのしのぶから一本のシダが出ておるとき、シダということは、死んだ田である。種をまいても実は生えんという。おかげを受け、例えば十のものを九つまで辛抱しても、私たちは辛抱しぬかなかったらです、それはいうならば無駄のようなこと。おかげを受けられる、受けものではないということ。このしのぶがです、地肌も見えんぐらいに、すっぽり出たときにそれはしのぶの徳になるのである。辛抱の徳になるのである。ね。
 辛抱し抜かせて頂く徳になるのである。そこに初めて、金光様が、おたいきになって、こんな風に仰っておられるであろうと思われる神信心には、辛抱することが一番大切でございますという、それなんです。だから、そこんところをです、辛抱しきらんごたるとこを、辛抱させていただくとこがまた、楽しみ事だというような信心が、段々身についてこなければいけない。何か一つのことをお願いをしておる。
 おかげで順調にいきよる時には有難い、有難い。ところが、それが、順調にいかんごつなってくる。「先生、どげなもんでしょうか」と、お伺いする。辛抱しぬききらん。「んん」、「先生が、それが良い」と仰るから。ね、例えば、いま、久留米の田村さんが、明日、御商売を失敗されて、現在のような商売を始められている。もう、途中で何遍も先生いけません。
 もう、いけませんと言うてから、他の商売に切り替えたいと言うことを、お届けされたか分からん。さあ、それではまあ、ひと辛抱。それでは、先ず辛抱というて、この、もうひと辛抱が、何べん続いたか分からん。そこを田村さんは、やっぱり辛抱しぬいていかれたから、偉いと私は思うんです。ね、それをこれが私は(?)
  (途中切れ)